――――目は生まれつき弱い。 だから、不便を感じたことも無いし今はむしろこの弱点に感謝したいくらいだと思う。 見えなくていい。見えない方がいい。 隣にあるこの小さな温もりは、いずれ手放すべきものなんだから。 積もりに積もった雪が反射させた空の光が、目に突き刺さって痛みに変わる。余りの不快感に思わず目頭を押さえた。 「スーさん、大丈夫ですか?目、痛みます?」 ぼやけた視界の向こう、陽だまりのような穏やかな声が不安げな色を滲ませた。伸ばされた手が瞼に触れて、そこだけ痛みが溶けたような錯覚を起こす。 それは錯覚ではないかもしれないが、この脳は無理矢理錯覚として処理してくれた。 そうでなければ。 「・・・ん、もうえぇ」 手を外させて、メガネを定位置に戻す。 クリアになった視界が埋め尽くす、安堵に満ちた顔。 何て愛しい。なんてかなしい。 「真っ白ですね〜・・・眩しいなら帰りましょうか?」 「・・・・ん」 二人揃って家路に着く。 もう何年繰り返しただろう。後何年繰り返せるだろう。 もう明日には、彼は隣にいないのかも知れないのに。 永遠は望まない。 望むべきは彼の幸せ。 もしも彼が自分の傍からいなくなるその時までに、この目が何も映さなくなればいいのに。 「あぁ・・・・・んだども・・・・」 それもまた、叶わない話。 「何か言いました?」 「いんや・・・・・雪さ眩しぐでな・・・」 慌てて、彼が手を掴む。歩調が早くなる。 急いで帰らなきゃ、と横顔が訴えてる。 なんて煩わしい。なんて煩わしいこの感情。 愛しい、だなんて。 「そげな急がんで。足元危ねぇべ」 「それより自分の目を心配してくださいよっ」 こんな愚かな自分を、誰が許してくれると言うの。 ――――こんな目をしてる時、この人はきっと哀しい事を考えている。 でもそれは、きっと僕しか気付いてない。 気付かないんだ。この人が本当は思慮深くて優しくて哀しい人なんだって、みんな。 そんな貴方に、僕は何をすればいいのですか? 傍にいる事が、貴方を苦しめているのなら僕は。 でも、ごめんなさい。 僕は貴方から離れられないんです。 離れなきゃいけない時は必ず来るのに、離れたくないんです。 あぁ。 ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。 貴方を苦しめる事しか出来ない僕は、今が永遠であれと望んでいます。 「とにかく、急いで帰りましょう。新しい目薬が確か薬箱の中に・・・」 あの家に早く帰りたい。二人の家に。 そうすればきっと、貴方のその哀しい考えなんか消えてしまうと信じてるから。 「帰りましょう、スーさん」 「・・・・ん」 小さな返事をくれた貴方の声に、僕の心臓がキシリと痛んだ。 愛する貴方に哀しみを与えてしまった罪悪感を、深く積もった雪に押し付けるように強く強く踏み締める。 この手が取った貴方の大きな掌が僅かに力を込めて僕を制しても、この足を止める事なんて出来ない。 これが許されざる想いでも、願い続ければ永遠になれると信じてるから。 まっさらなこの銀世界に、僕らが付けたこの足跡のように。 こんなにも哀しくて、こんなにも苦しくて、こんなにも愛しい。 こんな愚かさを誰も許してくれなくても。 望みを違えた二人の同じ想いを真っ白な世界は無言で見つめていた。 頬に当る冷たい風は、どちらの溜息。 |
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