【モニタールーム】

ボンヤリとした人工的な光が、薄暗い部屋の澱んだ空気を照らし出す。
ギシリと椅子を揺らして座る男が覗き込むディスプレイの中には、4人の囚人の姿。重たい手錠の鎖をジャラリと鳴らし、気だるそうに整列している様はいっそふてぶてしい。

「こいつらは、一体何をしたんだ?」

傍らに立つ自分の補佐官を振り向かずに尋ねる。画面の中の一人と目が合ったような気がした。

「さぁ?何をしたんでしょうね」

補佐官はチラリと画面を見遣り、興味は無いといった調子で答える。少々耳障りな音を立て、画面が軽く乱れた。4人の姿もグニャリと歪む。
二人にとって、彼らが何をしたかはどうでもいい。要は彼らをこの施設に閉じ込め、償いと言う名の下に甚振る事が出来れば、またと無い退屈しのぎになる。
男が厭らしく唇を歪めた姿が浮かび上がる。それを嫌い、再び画面は乱れた。
ここは、とある刑務所。
そして彼らは新たな囚人。

「Welcome to our paradise.boys」



【撮影室】

大きなシャッター音と共に、強いストロボが焚かれる。
壁にべったりと背中を付けて立つ男は、そのあまりの光量に不快そうに眉を顰めた。首から掛かる板に書かれているのは、彼の名前と年齢、血液型とその出身。それを手に抱え、玻璃越しに光源の向こうにいる誰かを見据える。凍りつきそうな程に冷たいその目に、撮影者の背筋に冷や汗が伝った。

「デンがドジ踏むから。だからアレ罠だって言ったのに」

「だから悪かったって。機嫌直せよ〜」

「スーさん大丈夫ですか?」

「ん・・・チカチカすんなぃ」

普通、囚人と言えば絶望と不安に沈んだ表情をしているのが常だ。だが、彼らは日常と何ら変わらないと言いたげに手前勝手な会話を延々と繰り返している。時折笑い声さえ響くその様子に、看守は苛立たしげに手に持った警棒をパシンと鳴らした。

「貴様ら場所を弁えろ。自分の立場が分かっているのか!?」

威嚇するように向けた警棒の先を見つめ、男の一人がワザとらしく肩を竦める。ニヤニヤと笑みを浮かべながら「おぉ、怖い」と呟き、それきり口を閉ざした。だが、それは反省では無く相手を小馬鹿にしているに過ぎない。

「貴様・・・・!」


気分を逆撫でされた看守は、怒り心頭で警棒を高く振り上げ男目掛けて打ち下ろす。だがそれが男の側頭部に届くより先に扉が開いた。
入室してきた上司らしき男に睨まれ、看守は慌てて姿勢を正す。

「署長が直々に取り調べる。ついて来い」

男は抑揚の無い機械的な口調でそれだけ告げた。4人の手錠を鎖で一列に繋ぎ、看守に連れて歩くよう指示する。
4人は顔を見合わせ、煩わしげに溜息を吐いた。



【取調室・一人目の男】

「よぉ、兄弟」

「ふざけた事を。私は法の番人だ、貴様らのようなクズと一緒にしてもらっては困る」

マジックミラーに囲まれた部屋の中で、男は不敵に笑いながら鏡に手を突きその向こうにいる誰かを眺めた。

「だろうな。みんな最初はそう言うぜ」


【取調室・二人目の男】

「我々も貴様らと同じだと言うのか?」

「おめらは、まだ気付いどらんだけだ。いんや、気付いどらんふりしとるだけだべ」
男は自分の頭を指差し、無表情に鏡の向こうに吐き捨てた。

「俺らは囚人。おめらは看守。それが答えだ」


【取調室・三人目の男】

「なら、貴様らに罪の意識は無いと?」

「罪の意識?俺達を罪人だと言うのは、あくまでアンタ達の基準でしょ」

男は興味無さそうに、マジックミラーに映る自分の姿を見てその髪を飾っているヘアピンの位置を正す。

「どうでもいいよ。他人が何を言おうが関係ない」


【取調室・四人目の男】

「何を思ってこんな事をした?」

「目覚めただけです。僕達は僕達の思う通りに生きると決めた」

男は少年のように無邪気な微笑みで、クルクルと指先を回しながらその瞳に狂気の色を宿す。

「自分勝手だと、貴方達は笑いますか」


取調べを終えた男達の一人がふと足を止め、鏡の向こう側にいる署長連中を振り返った。そしてニヤリと口角を持ち上げ、目を細める。

「理由なんて無い。強いて言うなら・・・俺のこの血のせいだ」



【牢獄】

カン、カン、カン、カン、カン。

牢の柵を警棒で撫で付けながら、看守達が廊下を行き来する。音は厚いコンクリートの壁に囲まれた建物内で四方八方に響き渡り耳障りだ。
新しく入ってきた4人の囚人は、ある者は壁に寄り掛かりある者は床に座り込んで暇を持て余す。
この新入り達の噂はとうに広まり、看守達は面白い玩具でも見付けたかのように厭らしい笑みを浮かべ会話を交わしていた。

「アレが新入りか。確かに、どいつもこいつも生意気そうだ」

「だが、なかなかカワイイ顔をしているヤツもいる。遊び相手には丁度いいさ」

ヒソヒソと聞こえてくるその会話の内容は下世話極まりなく、一人の男は嫌悪感を露わにした表情でメガネのブリッジを押し上げた。

「フィンに手ぇ出すヤツさおっだら、殺してえぇべ?」

「おめぇだけ罪状増えそうだな」

「え?あれ僕に言ってたんですか?ノル見てると思ってたのに」

「あ〜・・・」

「んだとぉ!?アイツらぶっ殺す!!」

「おめも、絶対罪状増えんべな」

ぎゃいぎゃいと騒ぐ男をボンヤリ眺めていた一人が、ふと思い出したかのように呟いた。

「・・・で、いつまでココにいるの・・・?」



【食堂】

「そうだなぁ・・・まぁ、そろそろ飽きてきたしな」

たくさんの囚人達が列を成し、今日初めての食事にありつこうと歩を進めていく。その最後尾に並ぶ例の4人は、何やらこそこそと内緒話に勤しんでいた。
先を歩く男が何かを考えるように顎を擦っていると、台に積まれたトレイの向こうに光る銀色を見つけた。それを暫く眺め、やがて何事かを思いつき一人納得したように頷く。

「デン?」

急に足を止めた男を訝しげに思い、声をかけた。男は銀色を一本手に取り、後ろに並ぶ相棒に手渡す。

「スウェに渡せ」

理解出来ずに小首を傾げた相手に一つウィンクし、小声で指示した。彼は少し考え、やがて「あぁ」と声を漏らす。そして、すぐ後ろにいた仲間を振り返らずにそっと銀色を差し出す。

「フィン」

「ありがと。はい、スーさん」

一連の流れ作業を見て彼の計画を察知した男は、無言で頷き渡されたそれを衣服の中に隠した。そして脳内で瞬時に手順を組み立て、気付かれるか気付かれないかの微笑を零した。


「Get over here」



【刑務所内】

その日の深夜、突然所内にけたたましいサイレンが鳴り響いた。
驚き慌てた看守達を尻目に、4人の人影が壁を乗り越え飛び降りる。
彼らを追う影は無い。だが、それでも走り続けた。車列をすり抜け、屋根に飛び乗り、街の光を目指して走る。不思議と息は切れなかった。
惰眠を貪っていた所長は夜中に叩き起こされた事を始め憤ったが、報告を受けみるみると青褪めていく。急ぎモニタールームに赴くも、そこに映っていたのは空っぽの牢獄だけだった。

「バカな、どうやってあの牢を抜け出したと言うのだ!?」

「そ、それが・・・現場にはコレだけが残されていて・・・」

部下が差し出したソレの正体を知り、わなわなと肩を震わせた。銀色はモニターの光を反射させ眩しく輝く。

「こんな物で・・・・!!」

いかに歯噛みして見せても、それは何も言わずにそこにあった。確保したと言う報告は、いつまで経っても入ってこない。男達の不敵な笑みが、頭の中を過ぎって行った。

「くそっ!!」

やり場の無い怒りと敗北感を机に叩き付ける。
衝撃で跳ね上がり、重力に吸い付けられて床に落ちたスプーンが澄んだ金属音を立てて転がった。



そして、4人の行方を知る者は何処にもいない。



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