先程から姿が見えない友人を捜していたら、裏庭の片隅で何かをジッと眺めている姿を見つけた。少し見上げるようにして微笑みを浮かべているので、何か面白いものでもあるのかと少し首を傾げる。


「フィン」


背後から声をかけると、少し驚いたように肩を揺らして振り向いた。相手が僕である事を知って、また微笑む。


「エスト。どうかした?何か用?」


長い間その体勢だったのか、少し首の筋を伸ばすようにして向き直る。
少し疲れているような顔をしているが、無理も無い。突然支配国が変わり、独立に向けて毎日を忙しく働きまわっている事を知っている。


「ううん、姿が見えなかったから・・・何かあるの?」


「え?」


「何か嬉しそうに見てたからさ」


「あぁ」と少し恥ずかしそうに頷き、あれ、と指差す先には背の高い草が茂る中に小さな紫の花が少し窮屈そうに咲いていた。夏の終わり、冷たくなり始めた風に揺れるそれは特に珍しくも無く、この頃になればあちこちで咲くような草花。彼には何か珍しいものなのだろうか。


「シオン?」


「シオンって言うの?昨日までつぼみだったけど、さっき咲いてるのに気付いたんだよ。何か可愛いなって思って」


「フィンの瞳の色と同じ色だよね」


そう言うと、「やめてよ、恥ずかしい」と声を上げて笑った。けれど、すぐに黙り込んでまたジッと見つめる。
少しの間そうやって、ふぅと溜息を吐き出せば一度目を伏せた。数瞬の後に開かれたそれは、何処か憂いを帯びている。ここに来た時のように。
あの日、ここに来たばかりの彼は「一人寝が寂しい」と僕の部屋を訪れた。二人で少し酒を飲み、今までの事を語り合う。
その中で、彼は一度も口にしなかった。元の宗主国である人の事を。
けれど。
疲れの為にすぐ眠ってしまった彼は、寝言で「スーさん」と呟き一粒涙を零した。
口にしなかったのではなく、口に出来なかったのだと気付く。口にすれば、涙を止められない事を知っていたんだろう。


「フィン」


名前を呼べば、「何?」と返事が返ってきた。



『あの人に会いたい?』



そう尋ねようとして、やめた。


「そろそろ屋敷に入ろう。寒くなってきた」


夏が終われば日は短くなってくる。いつまでもここにいては風邪を引いてしまう。


「そうだね」


コクリ、と一つ頷いて踵を返し並んで歩く。瞳の中に、さっきまでの憂いは無かった。


「シオンの花言葉、知ってる?」


小さく首を振るのを見て、「そっか」と呟く。



シオンの花言葉。


『遠い人を想う』



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