『陽だまりみてーだな、お前の髪』


そう言った、僕の宗主国。
この長い髪を撫でて笑っていたその顔こそ、太陽のようだと素直に思ってました。
それを合図に、一緒にいた同僚二人も僕の髪を一人はゆっくりと一人は少し乱暴に撫でてくれる。
こうやって、4人で暮らしてる事。悪くないと何処かで感じてました。
あぁ、でも。
ずっと続く訳無いんだって事も気付いてました。


「・・・・嘘・・・」


今目の前にいる僕の同僚・ノルウェーが短く告げてくれた現実にクラリと眩暈がする。
確かに、最近あの二人の間に不穏な空気が流れていた。それに気付かないほど鈍感だとは思っていないもの。
いかに属国であっても、そこはそれ。
国家としての人格を備えている以上、他国の動きやその間にある感情・思惑なんかを察知出来る能力ぐらい備わっている。
・・・・けれど、ここまで深刻な状況になってるだなんて。


「ど・・・どうすれば・・・・」


尋ねるつもりは無くても、軽く動揺した僕の口からは何とも頼りない言葉だけが零れた。答えられる筈無いのに。


「・・・・・・・・」


案の定、ノルウェーは黙ったまま静かに首を振った。それはつまり、どうにもならないと言う事。

そして、僕らにも決断の時が迫っている事を暗に語っている。

胸中に、二人の顔が浮かぶ。
短い夏の太陽ような赤い頬と澄んだ北海のようなエメラルドグリーンの瞳。

どちらかを選べと言うの。
それとも、どちらも捨てろと。

不意に、ノルウェーが長い指で僕の目元を擦った。顔を上げると、無表情ながらも僕を気遣ってくれる瞳の中に、泣いている自分を見つける。
彼はもう、自分のこれからを決めたのか。


「・・・・・部屋に・・・戻るね・・・」


僕の答えを出さなくては。



月の光が部屋に満ちる。
鏡の向こうの僕は、未だに止まらない涙に酷く歪んでいた。
僕はまだ、酷く弱い。そして小さい。
まだ一人で立つ事は出来ないのだから、誰かにこの手を掴んでいてもらわなければ。
情けない、とは思っても優先されるべきは僕のプライドよりも国民の生活と安全の保障。
なら、決めるべきは。


「デンマークさんか・・・・スーさんか」


ドアをノックする音が響いた。慌てて目元を拭い、短く返事をして扉を開けた先に。


「・・・・スー・・・さ・・・ん・・・」


あぁ、何て痛々しい姿なんだろう。そんな傷だらけになって、包帯と膏薬と血の匂いを纏って貴方は。
でも、その瞳の強さだけは決して揺るがないんですね。


「別れの挨拶さしにきた」


やはり出て行くのだと、何処かに冷静な自分がいる。


「スーさ・・・・」


「達者でな」


それだけを告げて、ココから離れていく後姿に、突然記憶が甦った。

この髪が陽だまりみたいだとデンマークさんに言われたその夜、スーさんは突然僕の束ねた髪を掴み


『短けぇ方が似合っどる』


そう、一言呟いた。

どうして、今思い出してしまったの。それをタイミングと言うには、余りにも酷すぎる。
どちらかを選んだつもりなんて無かったのに。



ぶつり。


無意識に引き抜いたナイフが、僕の背で揺れていた髪を束ねられたそこから切り落としていた。
外套を引っ掴み、部屋を飛び出す。廊下を走り抜ける。

ごめんなさい、デンマークさん。
せめて、貴方が誉めてくれた陽だまりを置いて。

僕は、月の光が誘うままにあの人の背中を追いかけた。

門を出る直前にその腕を掴み、振り向いたあの人のエメラルドグリーンが驚きに見開かれるのを見た僕は、何故か酷く泣きたいくらいの安堵感と不安感に押し潰されそうで。


「一緒に・・・行きます・・・」


あの月のように微笑んだ。



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