あぁ、どうしよう。
本当に困るんです、こういうの。

ほら、一つ。
また一つ。



気付くのが遅すぎました。いえ、最初からそうだったのかも知れない。
貴方の呼ぶ声が、僕の中に降り積もって行く感じ。足の踏み場も無いほどに積み重ねられた何かが、船を沈めるが如く僕を引きずり込んでいく。


「フィン」


ほら、まただ。
貴方は眼が悪いと言うのに、どうして僕の姿を見つけるのはそんなに早いんですか。
あんなに離れていた筈なのに、どうして今僕の目の前まで来ているんですか。


「あ・・・スーさん。お久しぶりです」


最近忙しくて、なんて。何で僕、暫く会えなかった事を言い訳しようとしているんだろう。僕らは個々の国なんだから、そう毎日毎日会えないのは当たり前なんだけど。会えなかった事、悪いと思う必要なんて全く無いんだけど。
なのにどうして、僕は長く会えなかった事を。


「『寂しい』なんて・・・」


「なじょした?」


突然そう問われて、思わず口を手で押さえた。知らない内に、思っていた事が口から零れていたみたい。無意識って怖い。


「な、何でもありません!ちょっと独り言で・・・!」


バタバタと手を振って誤魔化す僕を、スーさんの他近くにいた人達も訝しげに見ている。恥ずかしすぎる。
多分今、僕の顔は真っ赤になってるんだろうな。うん、この気恥ずかしさの理由は、きっとそれだけだ。
・・・・絶対に、久しぶりにスーさんと二人で出掛けるからじゃない筈だ。
待ち合わせの時間より大分早く着いたのも、たまたま僕が早く起きて早く準備が出来ちゃって、たまたま早く家を出たらたまたま道が空いていたからスムーズに来れたってだけなんだ、きっと。
それでもスーさんの方が先に来てて、それを見つけた僕がホッとしたような嬉しいような気持ちになったのも、相手を長く待たせずに済んだからってだけだ。うん。
まさかスーさんに早く会いたかったとか、思ったよりも早く会えたとか。そんな理由なんて無いと思う。

そうでなきゃ、僕は困る。


「フィン」


「え?って、ちょ・・・スーさん・・・!」


不意に掴まれた手。僕のと比べるまでもなく、大きくて少し冷たい。
公衆の面前でいきなり手を繋ぐなんて、恥ずかしいから止めて下さいって言っているのに、スーさんはちっとも聞いてくれないんだ。
いつも強引で。けど、何故かそれはとても優しい。
あぁ、どうしよう。また一つ、何かが僕を沈めてしまう。


「行くど」


そうやって歩き出してしまえば、手を離すタイミングも失われてしまう。仕方無い、僕が諦めるのもいつもの事なんだけど。むしろ、僕が諦めなかった事は一度も無いかもしれない。
それにしても、今日はいつもよりも少しだけ手を握る力が強いような気がする。久しぶり過ぎて力加減忘れたなんて事、意外に器用なスーさんにある筈も無いけど。
歩くスピードも少し速くて、段々引き摺られるような気になってくる。どうしたんだろう、スーさんらしくない。何か急いでる?


「あ、あの・・・?スーさ・・・」


呼びかけようとして、やめた。
見上げたスーさんの横顔、特に頬の辺りに強い赤みが差している。視線も、前を見ているようでどこか落ち着かない。そう言えば、握った手も少し汗ばんでいるような気がする。
違う。これは、急いでるんじゃない。
横断歩道の信号が、点滅して赤に変わる。少しだけ出遅れてしまったみたいだ。
人の流れが止まり、代わりに車が流れ始める。僕らに気付く者は誰一人としていなかった。
だから、僕は少しだけ。


「スーさん」


少しだけ、絡まる指に力を込めた。


「僕、ちょっと寂しかったです」


「・・・ん、そっが」


その素っ気無い一言が同意の証だと、僕は嫌でも理解出来る。
だから僕は困っているんだ。長い時を二人で過ごして、スーさんに対する理解力が出会った頃に比べて格段にレベルアップしてる。それに気付いたのと同時に、僕が何かの重みで沈んで行ってしまう事にも気付いた。
名前を呼ばれる度に、手を握られる度に。二人きりになる度に、僕は沈んでいく。
何が降ってくるのか。何故沈むのか。正直、僕は知りたくないけれど。
あぁ、でも限界がそこまで来ている事は分かるんだ。


ねぇ、スーさん。
限界を超えてしまえば、僕が今何故こんなにもドキドキしているのか。
その理由も分かるでしょうか。


ふと思い浮かんだ考えを打ち消すようにフルリと首を振って、青に変わった横断歩道に一歩踏み出した。

手は、当分離れない。



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