突然の来訪者には、正直会いたくも無かった。
夏も始まったと言うのに白いマフラーを巻いたまま、玄関先でにこやかに挨拶を寄越したロシアに自然と眉間の皺が刻まれる。思わず扉を閉めかけた手をどうにか堪えた事だけでも感謝して貰いたい。


「今年の大会はスウェーデン君の所って聞いたから、とりあえずはご挨拶をって思ってね」


少なくとも表面上は邪気も無く笑う相手をこのまま追い返す訳にもいかず、形ばかりの礼儀と家に上げて紅茶と茶菓子を振舞う。座り込んだソファの側に転がっていたシーランドの玩具を手に取り弄びながら、ロシアはふと笑みを零した。


「今日はフィンランド君も養子君もいないんだね」


残念、と肩を竦めながらカップに口を付ける。それ以上の会話は無かった。
コチコチと言う秒針の音だけがやけに響き、自宅である筈なのに居心地が悪い。スウェーデンは黙りこくったまま窓の外を見つめ、早く帰ってくれと願う。せめて、二人で街に買い物に出掛けたフィンランドとシーランドが戻ってくる前に。
不意に、カップとソーサーがぶつかる音に思考を引き戻される。視線を戻せば、ロシアは口元を覆うようにして両手を組み、こちらをジッと見つめていた。


「・・・・何だべ」


す、と目が細められる。口元は見えずとも、彼は笑っているのだと直感した。


「スウェーデン君は、賢かったね」


言われた言葉の意味を掴み損ね、訝しげに顔を歪める。彼はその様が面白いとでも言うように、今度こそクツクツと喉を鳴らして笑い軽くカップを持ち上げた。求められるままにそれを紅茶で満たしてやる。ふんわりと香る柔らかな匂いは、この不可思議な空気の漂う部屋にはとても似つかわしくない。


「君は決して動かなかった。今という時間を得る為に、何があっても決して」


一つ落とした角砂糖が溶けていくのを眺めながら、遠い日を思い起こすように呟いた。紅く透き通る液体の底からユラユラと蜃気楼のように立ち上るその中に、ロシアの微笑が映りこむ。
刹那に呼吸を止め、深く息を吐いた。


「僕は、君も欲しかったのに」


「そりゃ残念だったべな」


細く垂らしたミルクで紅茶はあっという間に濁り、向けられていた微笑も一瞬にして消えた。そして、再び沈黙が訪れる。
庭ではためく真っ白なシーツが目に入り、何故かそれが翻った軍旗のように見えて軽く頭を振る。もう、あの時は過ぎ去った過去の事。


「そろそろ帰るよ。ご馳走様」


どれくらいそうしていたのか、残っていた紅茶を飲み干したロシアが席を立ち帰り支度を始めた。つられて立ち上がり、そのまま玄関先まで見送りに出る。
開け放った扉から初夏の匂いが吹き込み、マフラーの裾と互いの髪を揺らした。


「あぁ、そうだ。伝言お願いしようかな」


「伝言?」


履いたブーツの爪先を軽く地面に叩き付けながら、ふと思い出したようにロシアが振り向き徐に手を伸ばす。僅かに傾げた頭を引き寄せられ、その笑顔が近付いた。


「お幸せに。でも」


諦めないから。

最後の台詞は、重なった唇を伝い舌の上に落とされる。
飲み込んだそれの不快さに顰めた視界の中で、ひらひらと振られた手が風に押されて閉まっていく扉の向こうに消えていった。



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